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調和的でサスティナブルな社会・経済システムとは?変化の激しい世界で歩きながら考える。

競争の効用

以前、今時の小学校の運動会は、1位2位といった順位をつけないとか、かけっこでも、みんなで一緒に手をつないでゴールすると聞いてビックリしたことがある。「それって都市伝説じゃないの!?」と今でも半信半疑なのだが、確かに日本では過去の過剰な受験戦争に対する反省というか、反動に近いものがあったように思う。
また、大人の社会でも、高度成長期やバブル期と違い、頑張っても必ずしも努力が報われないことが多くなり、競争に疲れてしまった感があるのだろう。何となく「競争=悪」のような見方が良識と受け取られているように感じる。

確かに過度な競争は人間関係を殺伐としたものにするに違いない。しかし、「競争」という言葉に眉をひそめる人たちも、スポーツやゲームのような競争には、あまり抵抗が無さそうだ。それに、私たちが普段あまり意識していないだけで、世の中は競争で溢れている。人気コンサートのチケット、行列のできる店、ドライブのときの道路の選択などなど…本当に競争はすべてよくないことなのだろうか?

「複雑性」、「複雑システム」と呼ばれる研究分野からは、競争についての興味深い研究結果がいろいろと出ているようだ。
研究者のニール・ジョンソン氏は、一般向けに書いた書籍の中で、落とし物探しのたとえを使って分かりやすく説明している。
たとえば、大事な思い出の品をショッピングモールで落としてしまった場合、
(A)探してくれる人々を集めてチームをつくり、見つけてくれたら100ドルを全員で山分けにしてもらう。
(B)人々に、見つけてくれた人には100ドル進呈すると告げる。
この2つの方法のうち、落し物が見つかる可能性が高いのはどちらだろうか?
ジョンソン氏は説明する。(A)は参加する人数が多ければ、それぞれの人にどう行動してもらうか調整するのが非常に面倒になり、結果的に落し物は出てこないかもしれない。(B)は、みな欲に駆られて利己的になるから、すぐに見つかる可能性が高いだろうと。
さらに、この落とし物を惑星探査の岩石サンプルに置き換えれば、探査ロボットの制御に伴う厄介な問題を解決するのに利用できるという。利己的な多数の装置の集団をつくり、岩石という限られた資源をめぐって競争させるのだ。

金融市場や交通渋滞などの群衆行動においては、「群衆-反群衆現象」という創発現象が起きる。人びとの選択の結果が二極化し、2つのグループを形成する現象なのだが、これは人間をはじめ、限られた何らかの資源をめぐって競争しながら意思決定を行なっている要素の集団には、程度の差はあっても普遍的に現れる現象らしい。
複雑性の研究は、そのような複雑系が、コイン投げのようなランダムな選択に拠るよりも変動が小さくなるように自己組織化を成し遂げることを明らかにした。
つまり、系全体は競争によって変動にうまく対処することができ、これを応用すれば、個々の構成要素が競争している状態を作りだすだけで、潜在的に有害ないしは危険な変動を取り除くことが可能になるというのである。

もちろん、交通渋滞や市場の暴落など、複雑系はときに極端に秩序づけられた状態―「秩序ポケット」が出現することがある。このような競争の負の部分と見做されるような現象についても、最新の研究は、制御できる方法を解明しつつあるようだ。

参考文献: 『複雑で単純な世界―不確実なできごとを複雑系で予測する』 ニール・ジョンソン・著